言葉を失った大学教授を笑えない大人たち

私の手元に赤い線が引かれた一枚の新聞の切り抜きがあります。哲学者の梅原猛さんが書いた記事です。ハイライトした箇所を抜き出します。

<日本哲学会の会合だった。ある教授がドイツの哲学者フリードリッヒ・ニーチェについて蕩々と論じた。ニーチェの話はいいけど、自身の見解が無い。だから、私は「あなたはどう考えてるんですか」と言った。相手は黙り込んでしまった。>(日本経済新聞夕刊 こころの玉手箱 2008.01.17)

この記事に出会った私は「あぁ」とため息をつきながら赤鉛筆で線を引きました。というのも、この教授が最近の大人たちの姿と重なったからです。

私は企業で活躍する様々な人たちと「読む・聞く」「考える」「話し合う」ということをしています。最近の企業人は忙しいのにもかかわらずよく勉強します。沈黙は美徳でなく損失。意見は内に秘めるものではなく、どんどん外に出すものだという雄弁家も多くいます。

発言する人がたくさんいるということはうれしいのですが、その中に違和感を感じさせる人が少なからずいます。その違和感とは何か?それはどんな人か?

私が違和感を感じる人とは「一見、自分の意見を述べているように見える(聞こえる)が、よく聞いてみるとそれはその人の意見ではなく、他者の意見を自分の意見としてもっともらしく開陳している好意的に言えば代用しているだけという人です。類推するに、「本やネットで専門家の記事や論文を探し、使えそうなフレーズをあちこちからコピー&ペーストし、それらをつなげて自分の意見として完成させる」ようなことを思考の作業としてやってしまっているのでしょう。

だから表面的には饒舌なのです。でも何かしっくりこない。話者の意思が見えない、話者の意志が感じられないのです。テーマが実務レベルを越え、抽象度が高まるとこの傾向はさらに高くなります。

そんな時、私は無言でホワイトボードに向かい次の8文字を書きます。「私は○○と考える」。そしてこう言います。「ここにいる全ての人、ひとりひとりにお聞きします。『あなた』はどう考えますか?資料のリード文やキーワードをつなぎお化粧したコメントでなく、資料を咀嚼した結果として出てきたあなた自身の意見が欲しい。目を閉じ何も見ずに『自分の言葉』で話して下さい

(出席者の一人を指差し)「Aさん、お願いします」。すると目を閉じたAさんは「ええと…自分の言葉でですか。そうですね…」と言ったきりで後が続かない。そして沈黙・・・。何とか搾り出しても修飾語を加えるか、てにをはの修正の域を出られない。中には絶句する人もいたりします。その場にいる他の人たちは大体「同じ質問をされるのはごめんだ」と言わんばかりにみな下を向き、私と目を合わせようとしません。

結局言っていることは理論や資料の受け売りであり、自身の見解でないのです。哲学会の会合での光景に似ていると思いませんか?

本末転倒という言葉があります。大切なことをそうでないことと取り違えることです。

「他人の言説を利用するのであれば援用し、自説として展開させていく」というのがものごとを考え議論する場でのたしなみです。にもかかわらず、他人の考えを探し出し、それを読んだことで自分が考えたという気持ちになっている。あげくには「他者の意見を自分の意見として代用しているだけ」なのに、「これは自分の考えだ」と錯覚し、そのつもりになってしまっている。気づいていないのは本人だけ。はっきり言って見るに堪えない。

私はこれを「思考の本末転倒化」と呼んでいます。競争が激しくスピードが命とされる現代において、私はこの種の思考を一概に否定しません。それなりに使い道があるからです。しかしこれに埋もれてはいけないと思うのです。

  • 理論を学び、他人の言説を知ること」と「自分の意見を述べること」は似て非なるものです。
  • 調べること」と「考えること」は全くの別物です。
  • ものを考え議論するとは「私の考えはこうだ。あなたはどうだ。」という個と個による思考の対決が行われることであり、他人の意見を適当にくっつけてそれらしく述べることではありません
  • 自分の言葉で話すとは、誰かにペーパーを取り上げられても何一つ困らず相手に「述べ語る」ができることであり、単に発話という行為があなたによってなされるということではありません。

さて、あなたは言葉を失った教授を笑えますか?
背伸びした「一段上のレベル」のテーマを考え、意見を述べるときに自分の言葉で語れますか?

出所:中沢努「思考のための習作」

(初稿)2010年 5月27日

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筆者

中沢 努

早稲田大学文学部で哲学を学び卒業後、同時通訳訓練を受ける。
複数のコンサルティング会社で仕組みによる人間系の問題解決に従事した後、「人間そのもの」に焦点をあてたコンサルティングや教育を開始。

現在は「個の内面に深く入り込む」ことにより組織内の様々な問題解決を行う活動に従事。キャリア30年。

※ 筆者による他の教育資料もご参考下さい。→ ①公開資料集、②コンプライアンス資料庫