アイヒマンとはゲシュタポのユダヤ人部門の責任者であった男の名前である。

彼は逃亡先のブエノスアイレスでモサドによって捕らえられ、エルサレムで裁判にかけられ、絞首刑に処せられた。

 

ユダヤ人の大量殺戮を行った主要人物の一人である彼はどんな人物だったか?

 

アイヒマンの裁判を傍聴したハンナ・アーレントによれば、

  • 『精神薄弱でも思想教育されたものでもひねくれた心の持ち主でもない〈正常〉な人物』(イェルサレムのアイヒマン)
  • 『ありふれた俗物で、悪魔のようなところもなければ巨大な怪物のようでもなかった。彼には、しっかりしたイデオロギー的確信があるとか、特別の悪の動機があるといった兆候はなかった。』(精神の生活)

と言う。

ユダヤ人を憎む乱暴で陰険な恐ろしい人物と想像する向きも多いかもしれないが、実際は逆であったようだ。

 

ハンナ・アーレントの著作やその他ホロコーストの資料を読んで浮かんできた「私が想像するアイヒマンの特徴と人物像」を以下9点として挙げてみる。

 

[筆者である中沢が考えるアイヒマンの特徴]
1.自分がない
2.ある枠組みの中でしか考えない
3.前提を疑わない
4.思考や判断の基準を他に依存する
5.やりがいを求める真面目な組織人

[筆者である中沢が考えるアイヒマンの人物像]
6.自分が所属する組織の方針に従い、
7.指示されたことを忠実に行うことで組織の中で評価され
8.責任あるポジションに就き、
9.そこで自分がやっていることの是非を問いきれず、
10.最終的な判断を自分自身で行うことから逃げた
11.思考停止した人間

 

ところで現在の私たちの日常においても、このような人は多く存在する。

  • コンプライアンス違反を起こした組織人
  • 長いものに巻かれる「会社に従順な役員や上級管理職
  • 「それはちょっとまずいのでは」と思ってもそれに意見しない「上司に従順な中間管理職
  • 社会の不正や悪しき慣行を「そういうものだ」と結果的に受け入れてしまっている大人たち
  • 心の中では「これはおかしい」と思いながらも自分に危害が及ばなければ傍観してしまう大人たち
  • 不正を暴くことで組織や社会から排除されることを恐れ「本当にこれでいいのか」と問いきれない大人たち

 

無思考はを生み出し、全体主義を生み出し、不幸を生み出す。

 

  • あなたは、世界の現状を見て「本当にこれでいいのか」と問いきれているだろうか?
  • あなたは、今の経済のありかたを見て「本当にこれでいいのか」と問いきれているだろうか?
  • あなたは、私たちのこの日常を見て「本当にこれでいいのか」と問いきれているだろうか?

 

「そんなこと言ってもどうしょうもないじゃあないか」という気持ちもわかるが、それを放置したらどうなるか?

 

アイヒマンの心は今の私たちの中にも潜んでいるのである。

 

私たちは日常に流されず、敢えてそれに逆らい、本当にこれでいいのだろうか?自問自答し続けなければならない。

 

(初稿:2010年7月28日)  

出所:中沢努「人間としてのコンプライアンス原論」
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(参考1)コンプライアンスに「人間くさい教育」が必要なのはなぜか
(参考2)コンプライアンス対策の本質はどこにあるか
(参考3)コンプライアンス実感論
(参考4)自分の生き死にから考える企業コンプライアンスの実践
(参考5)不祥事対応における謝罪のあるべき姿