浮浪者だって人間だ

しかし、たとえそういう人だったとしても、その人だって人間。 そんな人間観だってあるのだ。

垢まみれで黒光りする体にボロを纏い、異臭を放つ浮浪者が駅の階段にうずくまっていた。

浮浪者の周囲はすえたような臭いで満ちていた。

ある人はわざと見ないようにし、ある人はそれとなく避けて通ろうとしていた。
多くの人がそこを通り過ぎて行った。人々は何を思っただろうか?

お気の毒にと思った人も中にはいただろう。しかし多くは「じゃまだ」「迷惑だ」「離れよう」と思いながら通り過ぎたのではないか。

ここでちょっと視点を変えてみる。

  • もしあなたの親が何かの事情で浮浪者になり、行くあてもなく、何も食べられず力尽き、意識も朦朧で駅の階段に横たわっていたとしたら、その浮浪者をゴミのように見つめた通行人をどう思うだろうか。
  • あなたの子供が将来、何かの事情で浮浪者になり、今にも息絶えそうな状態で駅の階段にうずくまっていたとしたら「イヤなものを見てしまったと目を背けた通行人をどう思うだろうか。

汚いものを汚いと思うのは当然である。異臭は異臭である。
近づきたくないと思うのも自然である。

行政の責任だとか、人々の善意だとか、そういうことを言っているのではない。

浮浪者と自分で働き生きている人とは違うのであり、そこに差が生まれるのはやむを得ないのが現実だ。

しかし、そういう人だったとしても、その人も人間である
こういう人間観だってあるのだ。

(出所)塵芥から光を見る

(無断転載や無断複製禁止)

(中沢努 「人間としてのコンプライアンス原論」を一部加筆)
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