この一言がコンプライアンス違反を誘発する
都市の駅前。雨が降っていた。
大きな荷物をもった初老の男性がタクシーに向かって手を挙げた。
タクシーは急ブレーキをかけて停止し、男性を乗せた。
そこはタクシー乗り場ではなかった。「タクシー乗り場はあちらです→」と書かれた大きな看板が目の前にあったのだが、男性は気づかなかったのか乗り場をわずかばかり過ぎた場所でタクシーを拾ったのだった。
タクシーは何事もなかったように走り去ったが、乗り場で待機している運転手たちは「おいおい」というようなちょっと怒った、あるいはちょっと悔しそうな表情をしてるように見えた。
規則なのか慣習なのかわからないが、タクシー乗り場の近くでタクシーに乗ろうとすると「ここでは乗れません。すぐそこのタクシー乗り場からご乗車ください」と案内される。無秩序にお客を奪い合うトラブルを避けるための配慮なのだろう。
だから客待ちをしている多くのタクシーはそれに従って列を作り、待つ。駅前でお客を降ろし、流しで次のお客をつかまえようとするタクシーだけが列を無視して走り去る。男性を乗せたタクシーはそういう車の一台だった。
- 規則なのだから守る
- お客様の要望だからその場で乗せる
- 自分の売上が大事、多少のズルは仕方ない
どの言い分が正しいであろうか?
- 「規則なのだから守るべき」というのが美しい回答だろう。
- 「雨も降っていることだし老人が大きな荷物を持っているのだからそこで乗せてあげたっていいだろう」というのも四角四面でなくていい。
- 「食うか食われるかのサバイバル。そういう時はツキがあったと思ってしまえ」というのもなかなかたくましい。
どの言い分が正しいかの答えはあなたにお任せするとして、私は別な問題をここから見いだす。
どの答えをとったとしても、たいていの人はこう思うのではないか。
「まあいいか」
誰かの体を傷つけるようなおおごとではないから、たいていの人はこれで済ませてしまう。
夜になればそんなことがあったことすら覚えていないかもしれない。
しかし考えてみて欲しい。
「まあいいか」…これは考えることを放棄していることに他ならない。
- 混雑する電車の中で強引に本を読もうとして周囲に「じゃまだ」と思われる人。
- ファーストフードやコーヒーショップでレジに並ぶ人を無視して先に席を確保し並んでいる人の席を奪ってしまう人。
- 急いでいるからと歩行者のま横を猛スピードで走り去る自転車たち。
どれも些細なことである。しかし些細なことだと軽んじ「まあいいか」で済ませてしまっている。
この「まあいいか」の集積がみんなの日常を生きにくくしている。
規則を守らない職場にも同じことが言える。
(初稿:2010年 6月9日)
出所:中沢努 「人間としてのコンプライアンス原論」
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